萩往還を歩いてみよう・・・10-11-12-13

 佐々並市から貴船神社下を通り過ぎ、しばらくは山と水田を望みながらゆるやかな坂道を登る。
山の中の峠道とは趣が異なり、見上げれば大きく開け風通しのいい広々とした場所だ。周囲を観察すると、棚田の石垣や水路の造りにも歴史の重みが感じられる。

 道はやがて国道二六二号につながる。国道を山口方面に向かって進み、日南瀬峠を越えて村道に入る。
日南瀬川にかかる橋を渡り数百米行くと、左手に⑩首切れ地蔵がある。首切れ地蔵安置された向かい側には、かつては百池という池があったが、現在までは埋め立てられて休憩所になっている。
ここから三百米ほどで県道山口旭線だ。
 県道に出ると国境までもう一息だ。あとはほとんど県道に沿って進むことになる。
途中には左手に⑤上長瀬一里塚、さらに進むと⑫逆修石(ぎゃくしいし)がある。上長瀬一里塚は萩往還の一里塚の中でも比較的原形に近い形で残された貴重な遺構である。
逆修石は山の稜線から飛び出した大きな岩で、表面には江戸時代初期に刻まれたとおぼしき文字がかすかに読みとれる。そこを過ぎて右手の夏木原入り口には茶屋(休憩所)があった。安政六年、吉田松陰が江戸へ送られる時にここで休憩し詠んだという漢詩が⑪碑に刻まれている。

 その南の坂堂峠が萩往還の旭村と山口市との境で、ここは「南周防国吉敷郡」「北長門国阿武郡」「文化五年戊辰一月建立之」と彫られた⑬国境碑がある。この碑を境に萩往還は山口市へと入っていく。